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 幸せと思える時は、儚さのただ一時の夢枕かな。
母としての思いの他は何も望まず、この子の行く末
それのみを案じ、しばしの平穏もただの世迷言なのか。
母なるがゆえに今をのみ思い。母なるがゆえにまた、
独り泣く。強がりも今ではただの深情けかな。忍びて
生きる屈辱よりも今は死での白装束。




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by br-hana | 2009-09-30 16:13 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 浅井三姉妹の物語のとっかかりは『絶世の美女』と謡われた信長公の
お妹・お市の方から始まるのだ。戦国乱世を治めるには政略結婚が盛ん
に行われていた時代でもあった訳だが、この時節は、信長公は、天下布
武の旗印の元、岐阜から近江への道を確保する作戦であった。その時、
六角佐々木氏と浅井氏は、野良田の戦いで、六角軍を大いに撃破したの
であった。その時の若き勇将が浅井長政であった。その器量に信長公が
惚れ込んでのお市の方との縁組であった。夫婦中は睦ましく二男三女を
設けた事からも推察できる。戦国の厳しい環境の中でもしっかりと愛し
合いこれからの長政公の活躍が待たれたのに・・・。戦国の運命と言う
か、そこに『義』を通した彼の生き方は褒められこそすれ決してけなさ
れる事は無いと思う。そう言う意味から言ったら『義』の男・浅井長政
に嫁いだお市の方は、幸せだったのだと思う。




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by br-hana | 2009-09-30 09:19 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 戦国の時代は、生きるか死ぬかを分ける目と言うか
生き抜く為の知恵や度胸や体力を物凄く要求された時
代でもあった。その時代にあって女達の生き方も又、
その男達の力量に大きく左右されたのだ。だから、そ
の時代の女達の覚悟って言うのは一心同体と言う生き
方になってしまっていた。滅ぼされる時は、諸共にと
幼い我が子と共に自らの命を絶つ結末になってしまう。
豊臣と徳川の政権争いに敗れた淀殿と我が子・秀頼公
の運命も当然、その様な運命を辿る結果となってしま
った。後世の歴史では、悲劇の主人公の方がクローズ
アップされる事が多い。その事で淀殿の本当の思いが
掘り起こされるかも知れない。




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by br-hana | 2009-09-29 08:53 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 秀吉が亡くなった時の豊臣家を支える柱は、秀吉の友・前田利家しか
居ませんでした。その利家も病気には勝てず、秀吉の後を追う様にこの
世から消えてしまいます。後は、しがみ付いても天下を徳川には渡した
くない淀殿しか居ません。その時点で天下は、豊臣から徳川へと移った
のかも知れません。天下を私物化すると淘汰されるのが世の常です。そ
れも判らずに戦争へと駆り立てたのは、豊臣家にそれだけ家宰を司れる
逸材が居なかったんだと思います。小粒な人物は、数多いたけれど・・
・。淀殿を説き伏せるだけの人物が豊臣家に居たならあのような悲劇的
な最後を迎える事は無かったと思うのですが歴史に『i f』は、通じませ
んよね。




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by br-hana | 2009-09-28 07:30 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 一番、母のお市の方に似ていたと言われる茶々・・・。妹のお江やお初
は嫁ぎ、母の敵となった秀吉の側室にならなければならなかった自分の運
命をどのように思っていたのだろうか?天下様の側室になれば天下様のお
子を産む事で次の天下を取れるとまで思ったのだろうか?この時代には、
色々な書物が後世に残されたいるが、豊臣の次に天下を治めた徳川家が自
分の家の悪い事を敢えて後世には残さない事ぐらい誰が考えても判る事だ。
我が子・秀頼の為に神に祈り、仏に願い・・・。豊臣家の安穏を考えて
徳川との戦いでは、大阪冬の陣では、徳川の心を信じて和睦までした淀殿
であったが、その平穏もつかの間の安らぎでしかなかった。滅びゆく運命
の者への歴史の仕打ちは、凄く残酷である。豊臣の血を根絶やしにしなけ
れば生きて行けないのが『戦国時代』だったのだからその結末は当然なの
かも知れない。




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by br-hana | 2009-09-27 12:43 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 祇園精舎の鐘の声で始まる平家物語は、おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとしと綴られている。信長の天下・秀吉の天下
も泡末の如しだったし、徳川264年の歴史も悲しい形で終わりを迎
えている。その厳しくも儚い歴史の流れの中に身を投じたお茶々・
お初・お江の歩んだ道を辿りながら歴史に刻んだ彼女達それぞれの
生き方は、母としての思いに他ならない。歴史に女あってこそその
歴史は、永遠不滅の道を辿って行くのだと思う。




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by br-hana | 2009-09-27 11:26 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 茶々・お初・お江の三姉妹は、豊臣秀吉の政略の道具として扱われ
次女・お初は、京の名家・京極高次に嫁ぎ、三女・お江は、三度目の
結婚で徳川家康の嫡男・徳川秀忠に嫁ぎ、一番お市の方に似ていた長
女のお茶々は、秀吉の側室となった。その一番良好な関係も秀吉の死
を持って終焉を迎える。兼ねてより力を蓄えていた徳川家康は、この
時とばかりに豊臣家に難題をふっかけて諍いの種をまいて行くのであ
る。たまりかねた淀殿は、あっさりと家康の仕向けた罠にはまり戦争
への道へと舵をきってしまうのだ。我子の行く末を心配しない母親な
んてこの世に存在しない。その為に母が下した決断は、果たして正し
かったのだろうか?歴史は、終わった後の結末だけしか教えないが、
その切羽詰まった状況下での淀殿の判断は、母としての決断は、正し
かったのかも知れない。





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by br-hana | 2009-09-26 09:07 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 戦国時代は、下剋上の戦いでもあった。主君を倒し自分がその地位に
成り替わる・・・。それだけの気概を持って前を見据えて行動を起こす
と言う百姓の出でも上げる手柄次第では、士分~一国一城の主まで、そ
の栄達は、己の力次第で成った時代だ。力が足りなければ隣国から攻め
込まれ落城の憂き目にあう。あの時代の流れを読み損ねたと言うか『義』
と言う言葉に縛られた浅井長政の運命は、趨勢を決した『姉川の戦い』如
何では、違った形に成っていたかも知れない。運命を受け止めその運命に
最善を尽くして負けたのは、時の運なのかも知れない。その運命に翻弄さ
れた浅井三姉妹の今後は、信長・秀吉・家康と時代の流れの本流にどっぷ
りと浸かっていくのだ。





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by br-hana | 2009-09-25 10:53 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

 戦国の英雄織田信長の妹として産まれ、気高くて気品のある美人・お市の方は、
湖北の勇将・浅井長政に嫁ぐことになります。そして、長政との間に二男三女を
設ける事となります。その三人の娘達が日本を代表する女傑と申しますか歴史の
表舞台を賑わして行く事となるのです。冬は厳しい自然に守られ春から秋にかけ
ては、桜や紅葉に彩られた小谷城・・・。その四季折々の眺めと共にすくすくと
成長を遂げる娘達・・・。例え戦国の世であってもほんのつかの間の何年間は、
長政・お市・娘達の幸せな日々は続いたのです。戦国乱世の国取り物語は、悲惨
な歴史の数々を淡い恋と共に我々の心に何かを問いかけているのかも知れません。





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by br-hana | 2009-09-25 09:01 | かっちゃんの一言 | Comments(0)

浅井三姉妹・・・

 本日は、近江路観光圏協議会の観光圏養成ガイドの2日目の研修で
浅井三姉妹の舞台である湖北地区を訪ねて研鑽を深めるのだ。
 さて、浅井三姉妹が登場した時代は、戦国・安土桃山時代であり、
戦国の英雄織田信長の妹として生まれたお市の方が湖北の武将・浅井
長政に嫁いで産んだのが、茶々・初・江の三姉妹であった。それぞれ
の道を歴史の流れに翻弄されながら気強く生きた彼女達の足跡に少し
でも貢献できれば幸いである。これからの老後も含めて生涯を皆様
と共に歴史の埋もれた話などを交えながら面白いガイドを目指しま
すので宜しく御贔屓願います。




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by br-hana | 2009-09-24 07:26 | かっちゃんの一言 | Comments(0)